「学ぶ誌」 平成16年9月号、10月号

第1回伊勢一泊見真会報告  「実相塾一泊見真会」

平成16年6月5日〜6日

─ その感動と感激レポート ─   竹田亮一郎

「ありがとうございました。本当に来てよかったと思います」

 別れの握手を交わす若い白鳩さんが、満面に笑みを浮かべ、喜びの言葉を口にする。白髪の男性信徒は、
「素晴しいの一語に尽きます。身も心も洗われる思いです。生長の家の、谷口雅春先生のみ教えの偉大さを、改めて確認することができました」 我もわれもと登壇した決意発表では、「地元に帰って、多くの人にこの素晴しいみ教えを伝えたい」、「『谷口雅春先生を学ぶ』誌の普及に努めたい」と、次々に力強い意思表示が行なわれた。
 平成十六年六月五目、六日に聖地伊勢で聞かれた、谷口雅春先生を学ぶ会主催の「実相塾一泊見真会」には、予想を上回り、老若男女の生長の家の真の信徒百三十名が、全国各地から参集。祈りとや歌を重視した、中身の濃い、レベルの高い行事にのぞみ研鑽した。五日正午から六日午後一時までという限られた時間内での修行であったが、大照大御神おわします伊勢皇大神宮(内宮)正式参拝、神楽殿での祈願をはじめ、ゲスト講師並びに谷口雅春先生の高弟方による講話の数々は、参加者の魂を揺さぶり、大聖師がお説き下された「唯神実相論」の素晴しさを改めて参加者の胸に蘇らせたにちがいない。感謝・感動の「実相塾一泊見真会」であった。

 六日午後正午、財団法人修養団のご好意で提供いただいた見真会場の伊勢道場には、全国津々浦々から神の子さんが続々来場。予約なしの当日参加者が二十名近くもあり、主催者側は嬉しい悲嗚をあげた。仙頭泰、中島省治、伊藤陽夫、鎌田久子の各講師の先生方のお出迎えに感激し、数十年ぶりの再会に喜びの握手を交わす光景も。
 午後一時、元明治神宮禰宜で、伊勢神宮に詳しい伊藤陽夫先生の先導で、日章旗を先頭に四列縦隊で内宮参拝へと向う。この日は快晴。観光バスでの団体客も多く目につく。日本人の魂のふるさととしての聖地を実感する。
 宇治橋を渡るとき、四十五年前の伊勢神宮神域奉仕実践練成会を想起した参加者もいたことだろう。橋を渡ると、いよいよ神域だと、心改まる思い。歩を進める右手の五十鈴川の川上に連なる山々は、神路出と鳥路山。その手前に翩翻と翻る日の丸の旗が美しい。樹齢数百年の神木は荘厳そのもの。玉砂利を踏みしめての行進も感動を覚える。
 ご正殿近くでの参拝を許された私たちは、整然と横一列に並び、深く頭を垂れる。日本最占の建築様式を伝える唯一神明造りの神殿。屋根は萱葺き、屋根の両端に千木が高くそびえ立っている。天照大御神さまのみ光に包まれたかのごとく、いつまでも拝み続けていたい気分である。
正式参拝のあとは神楽奉納。参拝者の求めに応じて神恩感謝やご祈願のお神楽を奉り、御饌を供えるのだが、祝詞を奏上し、雅楽をかなで、御神慮をお慰めするお神楽は、荘厳そのもの。しわぶきひとつ聞こえず、参加者は静かに拝観した。


感動渦巻く谷口雅春先生録音テープ
 (第一日目)


 その後、会場に戻り、午後三時から開会式。
 皇居遥拝、国歌斉唱、聖歌「生長の家の歌」斉唱、中島省治講師の開会の祈りと挨拶が続く。聖歌はその後の諸行事が始まる前に「実相を観ずる歌」「神と偕に生くる歌」「宇宙荘厳の歌」「生長の家高校生連盟の歌」が斉唱されたが、最後の決意発表の時、ある白鳩さんが「こんな素晴しい聖歌があったとは、初めて知りました」と語った。それほど生長の家本部の諸行事では、清超総裁、恵美子白鳩会総裁の歌を優先して、肝腎な谷口雅春先生作詞の聖歌をないがしろにしていることを裏付けている。
 実相の御軸を中央に、谷口雅春先生並びに輝子先生のお写真が飾られた壇上で、中島省治講師が挨拶を行なった。

 「『谷口雅春先生を学ぶ会』は会長や代表もおらず、私か『学ぶ』誌の発行人となっているにすぎない。それだけに、こうして予想をL回る皆様のご参加に、感動を覚えると同時に心より感謝を申上げたい。
 想い起こせば、四十五年前、仙頭泰先生を先頭に伊勢神宮神域奉仕実践練成会に参加し、外宮の工作所で午前四時に起床し、懐中電灯で照らしながら日の丸を掲揚し、幌付きトラックの荷台に乗り、内宮で日章旗を先頭に行進したことを思い出す。この六月の十七日は、大聖師谷口雅春先生の十九年祭であるが、この十九年の間に谷口雅春先生のご本心が晦まされ、生長の家の実相が迷いに覆われている現状に大きな憂いを覚えるものである。一昨年八月に『谷口雅春先生を学ぶ会』を発足させたが、皆さまのご賛同を得て、『学ぶ』誌もニ十二号を発行するまでに発展し、講演会も東西四ヵ所で開催、活発に普及運動を展開している。
 『谷口雅春先生を学ぶ会』は単なる研譜の場ではなく、谷口雅春先生即ち生長の家のみ教えの全相にまみえるのが目的で設立された。今回、天照大御神の神前にて第一回の見真会を開くことができた。久遠を流るる生命、宇宙大生命にふれ、谷口雅春先生の精神を継承し、顕現する場としたい」
 このあと、中島省治講師が「尊師に学ぶ吾等の使命と見真会の意義」と題し、『続真理の吟唱』をテキストに「神の世継ぎたる人間の実相を顕現する祈り」について講話した。

 続いて、地元のゲスト講師が「聖地伊勢の光明化とその意義」と題して講話。「和をもって尊しと成す」という聖徳太子の精神と絶対不戦の日本国憲法の精神が、化学反応を起こして日本人の精神を腐らせているのではないか」と指摘。現在の生長の家教団の腐敗、堕落ぶりにも問題ありと述べた。

 夜の行事に入って、聖経『天使の言葉』一斉読誦のあと、鎌田久子講師による「神話預言に見る女性のはたらき」と題する講話。ニ十四年間の白鳩会中央部での活躍のあと「暁の鐘」を立ち上げ、愛国運動を活発に展開している鎌田講師は、『古事記と現代の預言』をテキストに、「谷口雅春先生の占事記解釈こそ、昭和、平成の時代に生きる解釈」と強調。また、優生保護法、ジェンダーフリーの問題にも言及した。

 聖歌斉唱のあと、ビデオ「めざめゆく大和魂」上映。今から四十五年前の昭和三十四年九月、愛知、三重、岐阜を襲った伊勢湾台風は五千人の尊い命を奪うと同時に、伊勢神宮の樹齢数百年の神木をなぎ倒した。この事態に谷口雅春先生は、生長の家本部に指示を出され、直ちに本部は伊勢神宮において奉仕実践練成会を実施する旨、全国誌友に通知した。この時、高校生特別練成会も開催され、十二月末から正月にかけての極寒のさなかに奉仕作業が行われた。
 上映されたビデオは、この高校生特別練成会のビデオであった。実際に、この練成会に参加した大阪の道源秀美氏らによる製作ビデオであるが、見乍な編集で、参加者一同食い入るように両面を見詰め、日本人としての魂を発揮した高校生に拍手を贈った。
 引き続き、第一回の奉仕実践練成会から参加した体験を持つ当時の宇治道場奉仕員が一般練成会参加者や高校生の活躍ぶりを紹介した。

 感動的なビデオの興奮冷めやらぬ中で、仙頭泰講師の講話が始まった。「光明化運動は伊勢の地から」と題し、谷口雅春先生の「日章旗奉戴の祝詞」を一斉読誦したのち、この祝詞を熱情溢れる弁舌で解説した。
 そして、仙頭講師から望外のプレゼントがあった。大聖師谷口雅春先生が、海外ご巡錫時にご講演された録音テープの拝聴だった。参加者の目が輝く。懐かしい尊師のお声である。「カトリック信者が大半のブラジルである。生長の家の説く『人類無罪宣言』が果して受け入れられるかどうか、あるいは国外追放になるかもしれない」とユーモアを交えて話されるありし日の谷口雅春先生。「ところが『人類無罪宣言講演』は各地で歓迎され、それも日本では見られない大歓迎ぶりでしたよ」とおっしゃる尊師のお声に、参加者から拍手が沸く。「この生長の家の教えは、聖霊によって満たされているのであるから、これを契機にブラジルを中心に南米全体に広がるであろう」とのお言葉が胸を打つ。
 さらに、七十歳を過ぎて英語の発音を勉強されたという谷口雅春先生は、カナダのトロントで英語で講演された。その録音テープも紹介され、はじめて拝聴する英語でのご講演だけに、見真会参加者から感嘆の声が漏れた。
 また、仙頭講師は、昨年ハワイ教化部で執り行われた尊師帰天十八年祭での地元講師の講話テープも紹介された。谷口雅春先生は、一九六三年、七二年、七三年と三回ハワイにご巡錫されたが、「ハワイの実相センターについて、谷口雅春先生は、『新しきエルサレム、天より降りてここに鎮まれり』とおっしやいました。今でも『先生』とお呼びしますと、涙が溢れます」と、尊師仰慕の思いが切々と語られた講話であった。

 第一日目の行事が終わり、参加者がそれぞれの部屋に引き揚げた後も、各所でその日の感動や現在の教団のあり方など語り合いは尽きることなく、深更一時、二時まで話し声は消えなかった。


次々と登壇する決意発表(第二日目)

 夜半からの雨のため、一同楽しみにしていた内宮前での早朝行事は、大講堂に変更された。翌朝五時十分、大講堂での早朝行事、先導は元龍宮住吉本宮宮司の伊藤陽夫講師。朗々たる神招歌が身も心も洗い流してくれる。神想観、聖経『甘露の法雨』の一斉読誦と続く。

 第二日目の講話は伊藤陽夫講師の「人のいのち国のいのち」から始まった。谷口雅春先生の『人のいのち国のいのち』『秘められたる神示』をテキストに「不二一体、身土不二の自覚から意識的、無意識的を問わず、愛国心が生まれる」「国は人間生命の外延である」ことを強調された。

 続いて、ゲスト講師による「憲法の問題点」と題する講話。谷口雅春先生の憲法論の解説、現憲法の問題点等、とかく難解な憲法論をユーモアを交えて誰にでも分かる講話であった。

 その後、聖歌・愛唱歌の時間。仙頭講師の指導で「正義と愛とまごころに 熱血たぎるこのつどい こぞれ若人・:」と大講堂を揺るがす熱血指導で「若人の歌」を大合唱した。
 そしていよいよ大詰め。「谷口雅春先生を学ぶ」の各地での活動報告が発表された。古賀信孝氏の関東での実相塾、中島功氏のホームページ「光の進軍」の説明、堀野静氏の関西会の講演会活動、中村晃生氏の九州での講演会活動などが報告された。
 そしてこの後の決意発表では、この一泊見真会の感動を抑えきれぬ神の子さんが次から次へと登壇。「こんな素晴しい見真会は初めて」「これぞ生長の家の本物の一泊見真会」「地元に帰って『学ぶ』誌の普及に努め、講演会を開く」など、感激の決意発表が相次いだ。

 最後に仙頭講師の結語があり、「唯神実相論、生命の実相哲学こそ二十一世紀の哲学である。強い信仰、強い神の子になろう」と力強く訴えた。
 閉会式、「使命行進曲」の力強い大合唱、二重の輪になって廻りながら団結の固い握手を経て散会となったが、「学ぶ会」の趣旨に共鳴して参集した真の生長の家の信徒の皆さんは、立教の原点に立った講話の数々や諸行事に大満足の顔、顔、顔であった。「またお会いしましょう」の声を残して、参加者は講師先生らに見送られ、帰路に着いた。

 天界の谷口雅春先生もさぞお悦びだったと拝察申し上げる。


 

太腕繁盛記で講演会を!
                   鈴鹿市 山西美穂


 以前、伊勢湾台風のとき高校生練成でこの伊勢の地に二回か三回ほどお掃除に来た経験がございまして、昨日はビデオを見せていただいて涙がこぼれました。先はども仙頭泰先生の聖歌のご指導で若い日を思い出しまして歌えなくなって泣いてしまいました。十七歳くらいで参加したと思うんですが、もうそれから四十数年が過ぎております。自分は何をしていたのかなあ、と思って、四人の子供の子育てだけしていた気がいたします。
  もう還暦を過ぎましたが、偶然に「谷口雅春先生を学ぶ」の御本を下さった方がありまして、それを頼りに古賀信孝様のお宅へお電話を掛けまして、この月刊誌が欲しい、と言ってお電話をいたしました。三重県からは六人ほど参加されていたようでございますが、この聖地と言われております伊勢の地が、非常に教育の面でもあまり良くないというお話を講師の方からおききしましたので、なんとか「学ぶ会」の講演会を聞かせていただきたいと思います。今、主人と一緒に参っておりますが、細腕繁盛記ではなく、太腕繁盛記で講演会をやらせていただくことを決意いたします。


一人でも二人でも学ぶ会にお誘いしたい!
                   堺市 竹内美智子


 この学ぶ会の見真会は以前から申し込んであったんです。そしたらその後に、私の地元の白鳩会の地区連合会長さんから、「竹内さん、実は六月五、六日と宇治で幹部全国大会があるんですが、一人欠員ができたから行ってくれる?」って言われたんです。だけども、神様の御心のままに「学ぶ会」の方に来させていただいて、本当に感激いたしました。
  鎌田久子先生にもお会いできましたし、そして、恥ずかしいことに、「学ぶ会」がこんなにすばらしい成果を上げていることを知らなかったんですよ。今日はあまり知らなかった素晴しい成果を多く聞く事が出来、すごく感激しています。みなさんも涙を拭いていらっしやいました、仙頭先生のすばらしい音頭で聖歌も歌わせていただきましたけれど、私は一人でも二人でも、学ぶ会にお誘いしたいと思います。


日本のために谷口雅春先生の思いを行動に表さなくてはならない!
                   新潟市 近藤 建


 今年六十二歳になります。私の一家は、女房も本部に勤めていたこともあって、家族そろって生長の家をずっとやってまいりました。私も小学校の頃からやっておりました。
  しかし私は、私の仲間もそうですが生長の家を今一生懸命やっている人間がさっぱりいないんですね。そして私の女房は白鳩会などに行って、いろいろ状況を報告してくれるんですが、「どうもおかしいな、この頃の生長の家はちょっと変わってきたな」と思っておりました。
  私か谷口雅春先生から教わったのは、先祖を大事にするということ、感謝をするということ、そして、この日本の国を愛するということでした。私はこの国を愛するということを中学、高校の頃に教わって、それから自分が変わったような気がいたしております。その「国を愛する」という一番大事なことを、私は今でもはっきり覚えておりますけれど、谷口雅春先生は、「この国の為ならば生長の家なんかなくなったっていいんだ」とはっきりおっしゃられたんですね。
  それで私は女房に、「今度雅宣先生の講演会があったらぜひ行くよ、一番前に座って、『ちょっと待って下さい』と質問する」と言ったら、「あなたそれだけはやめてくれ」と言われたんですけどね。やはり、私の思いはこれから生長の家を正すということもそうですが、それよりも日本の国の為に、谷口雅春先生のあの思いを行動に表さなくてはならない、そんなことを思いまして、みなさんの前で決意発表したならば引くに引けませんから、私のことだからやるだろうと思っています。そんなことで新潟からも小さな火の手を上げます。
  私がこの谷口雅春先生を学ぶ会があることを知ったのは、福島県の伊達物産会長の清水昌夫さんからでした。あの方はいろんな意味で私の先生でしたので去年遊びに行きましたら、その時ご紹介いただき、早速こういうご縁があってやってまいりました。これからやりますので、みなさん、よろしくご指導ください。


天皇信仰を力いっぱい頑張らなければならない!
                   香川県 西岡正尭


 今回香川県からは十名近く見えております。どうぞ立ってください。愛国の女性方、男性方が参りました。私も先ほどの仙頭先生のすばらしい歌声を聞いて感激したんですけれども、昔を思い出しました。
  私か高校三年生の時に飛田給の練成に行ったんですけど、その時は仙頭泰先生とか菊地藤吉先生とか徳久克己先生とか、今よりもっと若くてハンサムでガッツがありました。あの時の感激を思い出しました。それで、よし、自分も愛国心に燃えて天皇陛下の為、日本の国の為に一所懸命頑張らないといけないと思いまして、学生時代四年間東京に出まして、その時は同志古賀信孝先輩にご指導いただきながら頑張りました。その時のことを思い出しまして、やはり若い頃に天皇信仰、日本人としてのすばらしさを身に付けなくてはいけないとつくづく思いました。だからそういう意味でふたたび生長の家をよみがえらせるという意味で我々の使命は重大だと痛感しました。
  私もサラリーマン時代に松下電気産業に入って、松下幸之助さんの薫陶を受けたんですけど、その時、松下電気の遵行すべき精神というので、「1つ、産業報国の精神」から始まって、七精神というものがあるんですけども、最後に「感謝報恩の精神」というのがあって、これは生長の家の教えと同じだと思いましたが、松下幸之助さんも、生長の家のお話を随分聞いておられたということで、それを会社の発展の為に使われたのではないかと思います。やはりそういう精神でやれば企業も伸びるし国も発展すると私は思いました。
  そして私か松下時代に中南米に赴任していた頃、中米のメキシコの下にグアテマラという国がありますが、このグアテマラの代理店に出張した時に、そこの社長が、お前たち日本人はすばらしい、幸せだ、と言われるものだから、どうしてだと聞くと、グアテマラの新聞に日本の昭和天皇陛下のことが書いてあった、この昭和天皇がマッカーサーと面会した時に、我が身はどうなってもいいから国民を助けてほしい、ということが書いてあった、お前達の天皇はすばらしい、お前達日本人は幸せだ、我々の大統領を見ろ、大統領は何かとすぐポケットに金を入れる、えらい違いだと言われたことがありました。
  私利私欲のないこの無私の天皇様をいただいた我々日本人は、天以信仰を力いっぱい頑張らなければならない、そうすれば日本の国はいっぺんに立ち直ると思います。そういう意味で、この学ぶ会をますます発展させて、みなさんと共に頑張っていきたいと思います。


美しい日本を守りたい!
                   香川県 匿名

 本当に「天皇国日本」の教えこそが、生長の家の神髄であると信じておりましたが、この学ぶ会を立ち上げるまでにどれだけのエネルギーが必要だったかということに頭が下がりますし、今回のような見真会は奇跡的なことだと思います。会長もいないし組織もないのに、これだけ全国の方々が集まられて、こんなすばらしい会が聞かれて、またこのような会を開いて欲しいなという思いで一杯でございます。
  私はいつ死ぬか分からないような年齢になっていますが、私どもは国をよくするということで、教育問題や靖国神社問題、最終的には憲法問題を一所懸命思って、署名運動などもかなりさせていただきました。今年の四月には高松市議会のほうに陳情に参りまして、六月三日、ここへ旅立つ前ですが、やっと議長、副議長それから有力な方達に教育基本法改正の要望書を手渡すことが出来る運びとなったんです。それが決まったのが六月二日でした。それで三日の日にはどれだけの方が来ていただけるかと思ったら、男の方も含めて十人の方が朝九時前に議会に集まっていただいて提出することができました。本当に嬉しゅうございます。
  実は、私はこの「谷口雅春先生を学ぶ」の本を読んでいるのだったら、どっちかに立場を決めないといけないと言われたことがありました。だったら生長の家の聖使命会や他の事もやめなきゃいけないなあと思ったんです。実は、それを言われたのが楠本加美野先生ご指導の練成会中だったんですけど、練成会が終わって家に帰りましてもやはり胸が騒いで眠れないのです。私はなぜだろうか、と自問白答しました。生長の家教団幹部が言うには、副総裁の悪口を言っているからとか、宮沢潔・壽美さんご夫妻は生長の家の別派であるとか、誰それさんが「学ぶ」誌に書いているから特にいけないとか、教団の人はそうやって言わざるを得ないのかなあと思いつつも、とどのつまり私の心の中はどうなのかと思いました。
  その時、三島由紀夫先生の「体をぶつけて死ぬやつはいないのか」という自衛隊員を前にした最期の檄を想い起こしました。美しい日本が強姦されている、それを守らなければいけない、という思いが込み上げてきました。そうなんだ、私は美しい日本だけが守りたいんだ。何が何でもそれなんだと思ったら、恥ずかしいのですが、谷口雅春先生のきれいなお顔が浮かびまして、それがどんどん近づいて参りまして顔にひっついたんです。それで、美しい日本をいとおしいなあと抱きしめながらぐっすり眠ることができました。
  今回参加させていただきまして、大変勉強になりました。地元でしっかりと谷口雅春先生の愛国のみこころを伝えていきたいと思います。どうぞみなさんよろしくお願いします。


腹の底から湧き上がるような感激
                   伊勢市 藤岡豊之

 私は地元も地元の者ですが、皆さん方によって、この三重県を浄化していただいておるという感激で、もう喜び一杯でございます。 実は、一月前に伊藤陽夫先生からお電話をいただきまして、この会の一泊見真会練成を伊勢の修養団の道場で開催するというお話をいただきました。「谷口雅春先生を学ぶ会」の御本も数部ずつお送りいただいておりました。
  学生時代、十七、八歳の時に青年会に入りまして、青年会で育てていただきました。ですから仙頭泰先生や伊藤陽夫先生に随分ご指導いただきました。
  ご承知の方もいらっしやるかと思いますが、お亡くなりになりました中西美津子先生も伊勢の方ですが、伊勢にどうしても練成道場が欲しいということで一緒になって候補地を探したことがありました。日章旗を翻し聖旗を押し立てて、伊勢湾台風の復興練成会の時のあの縦列を組んで行進したと同じようにして内宮の神前で早朝神想観をさせていただける位置を選びたいということで、この近辺をかなりあちこち歩きましたが、実現しませんでした。今考えますと、三重県自体がその気になっていなかったということになると思います。私は、青年会に入ってから約五十年になりますが半分の二十五年くらいはなんとなしに胸騒ぎがし、落ち着かず、こんな教化活動では生長の家は伸びないと悶々としていた時期を過ごしてきました。
  今回、仙頭泰先生、伊藤陽夫先生のお話、あるいは神想観のご指導等によって本当に腹の底から湧き上がるような感激を覚えました。みなさんご承知と思いますが、紀州熊野の花火がございますが、二尺玉の大きな花火が七月十七日に打ちあがりますと、地盤がぐらぐらと揺れます。それ以上に昨日今日にかけて、自分のはらわたが飛び出すような感激を覚えています。
  私たちの生甲斐は、谷口雅春先生の教えをもとに実行する、動き出す、そのことによって、その成果が現われてくるように感じます。私は来年で七十五歳になります。七十五歳は完成の年で、七つの五つ、御稜威が輝く年と自分で決めました。これからも皆さん方のご指導を得ながら、この学ぶ会を伊勢の地でも大きく立ち上げていきたいと思います。よろしくご指導のほどをお願いします。


10月号



一泊見真会目次へ

「総合目次」へ戻る