ピン・ポーン、ピン・ポーン!
「ハーイ、どなたですか?」
「お隣りに越してきた○○です」
ドアをあけると、素顔のさわやかな、若い女性が立っていた。
「夕べ伺ったのですが、お留守でしたので。先日入居した○○です。これ、主人の実家でつくっている無添加の昆布です。お召し上がり下さい。」
「あら、伊勢市の佃煮屋さん? 包装紙が … 」
「ハイ。主人は次男ですので移転してきましたが … 。 二人とも都会は初めてなので、どうかよろしくお願いします。」
「不思議だわ。ちょうど二時間前に伊勢の一泊見真会 (平成16年6月5〜6日) から帰宅しましたの。車中で、お土産に伊勢の昆布を買ってくればよかったと思っていましたら、お隣りからちゃんと届けていただくとは … 。 嬉しいわ。よろこんぶで頂戴しますね。」
「ああ、よかった」
彼女の表情が一気にほころんで、オホホと笑い出した。
三重県人同士で結ばれ、両家の親族に見守られて過ごしてらした若いご夫婦。きっと心細いにちがいない。
「明日五時頃、よろしかったらご一緒にお買い物に行きましょうよ。郵便局、渋谷区役所の出張所、八百屋、スーパー、いろいろご案内しますので … 。」
彼女は、身体中に嬉しさをにじませて、
「ぜひ、よろしくお願いします」
と頭を下げた。その素直な態度に、私は心の中で合掌した。
久し振りに、理想の隣人に恵まれて、私は有り難くてならなかった。
─ 半月前までは、中国人家族六人が住んでいたが、月に一 〜 二回、すさまじい喧嘩をする。その怒号は、マンション中に響きわたり、みんなが迷惑していた。私は、大きな模造紙に、『欲するもの自ずから来たり、欲せざるもの自ずから去る』 と、大書して壁に貼り、祈りつづけた ─
全知全能の神様は、なんと素績らしいお方でしょう。神話の故郷伊勢の風土を全身全霊に帯びた益荒男と、大和撫子を隣人としてお遣わしになった。
百ニ十五代の天皇陛下を戴く日本に、日本人を両親として生れてくる尊い生命。しかもご皇室のご祖神・天照大御神の膝下に生れ育ったお二人。この霊妙不可思議なご縁を存分に生かさせていただかねばと、心に誓うのだった。
翌日の夕方、不動通り商店街や、八幡太郎源義家が幡を洗った池の側が幡ケ谷駅、二代将軍徳川秀忠の乳母 「初台の局」 が住んでいたので名付けられた初台駅などを一緒に歩いた。本町は歴史的にも潤いのある住みよい町であることを話した。
聞けば、結婚三年目にしてまだ子宝に恵まれず、両家の親族から、そろそろね、といわれているとのこと。 私は、スピリチュアルな受胎の話と、胎教・母乳育児の話がしたくて、彼女を家に招いた。きれいな菓子箱をお塩で浄め、霊牌を二枚用意し、両家の御先祖の名字をメモに書いて頂いた。筆に墨をたっぷり含ませて、○○家先祖代々親族縁族一切之霊位、と書き、箱の中に立てかけると、神々しいミニ仏壇が出来上がった。
お祈りの言葉はね、ご自分の切実な気持ちを述べること。 ○○家先祖代々親族縁族一切の霊位、イユーッとお呼びして、
「〇〇家先祖代々の皆様、いつもお導き、お守りをいただき有難うございます。」
「どうぞご先祖様、み心に叶う子孫を私たちに授けて下さいませ。私たちは、ご先祖様から授かった赤ちゃんを大切に育てさせて頂きます。すでに私たちの切なる願いをお聞き下さり、叶えて下さいましたことを心より感謝致します。」
彼女は、ときどき聞き返しながら、お祈りの言葉をメモして下さった。お水とご飯も毎朝供えると約束。しばらくすると 「この頃、主人も一緒に祈ってくれています」 との嬉しい報告を頂いた。
平成十七年の五月の連休明け。 ピン・ポーンの連続音にあわててドアを開けると、 「鎌田さん、ご先祖様が …」 と○○さんが飛び込んできた。
「ああ、お授け下さったのね。」
「ハイ、そうなんですけど、夢みたいで…」
私は彼女の頬を数回ピシャピシャとたたいてあげた。
うなずき合う二人の目から嬉し涙があふれた。出産予定日は一月上旬。ご主人に検索していただき、カンガルーケア病院も見つかり、伊勢のご実家で生む段取りも決まった。平成十八年一月七日。陣痛から二時間半で無事男子出産。お貸しした 『母となるよろこび』 の体験集も功を奏したらしい。勇んで生れてきたので勇生 (ゆうき) と命名された。
三月上旬、東京に戻ってきた勇生ちゃん。母乳で育っているので固太りで、賢い気品あふれる表情でじっと見つめられると、心が洗われ、魂が浄められる。
今年、やっと実現した昭和の日。マンションの○○家・鎌田家の手すりには、三旒のミニ鯉のぼりと日章旗が、薫風をうけて翩翻とひるがえっていた。
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