あれはお昼の十二時。白鳩会中央部のテレビをつけようと歩み寄ったときだった。
テレビの横にいつも優雅なお姿で立っていられる白衣の観音様が、風もないのにいきなり床に落ち、首がもんどり打ってころがった。うっむきになった胴体を拾いあげると、腹部も割れて破片が回りに飛び散っている。観音様に触れるほど近寄ってはいなかったはずなのに … 。 きっと私の心の中に破壊の風圧があって大切な観音様が割れてしまったのかもしれない。
「すみません。お昼どきに粗相を致しまして。立派な観音様を贈って下さった方に申し訳ないことをしてしまいました。お詫びのお手紙をすぐ出します。」
古川会長が 「そうなさいね」 とおっしゃりながら、テレビのスイッチを入れて下さった。
とたんにアナウンサーのうわずった声とともに、市ケ谷自衛隊東部方面総監部バルコニーに立って、真剣に叫んでいる三島由紀夫師の姿が、アップで映し出された。マイクなしで檄を飛ばす師の額には、 ”七生報国” の鉢巻がキリリと締められていた。 「ああ、これは劇中劇ではありません。」 と私は言った。
テレビが、三島師の映像をくりかえし放映してくれたお蔭で、私は師の言葉をはっきりと把握することができた。 圧巻は、次の言葉である。
「肉体の生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。今こそわれわれは、生命尊重以上のものを諸君の目にみせてやる。それは自由でも民主主義でもない。 日本だ。 われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。 これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶっつけで死ぬ奴はいないのか。今からでも共に起ち、共に死のう。 われわれは、至純の魂をもつ諸君が、一個の真の武士として、戦えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。」
あぁ、三島師は現憲法廃棄に生命を賭しておられる。バルコニーの下に集まっている自衛隊員の中に師の魂の底からはとばしる血のにじむ訴えを、何人の隊員が解っているのだろうか。彼らの野次を聞きながら、私は三島師の映像に衝撃をうけていた。
午後一時からのニュースは、三島由紀夫割腹自決が報じられ始めた。 この日、私は胸がいっぱいで、昼、夜の食事もとれなかった。家に帰ると、元青年会の方々から電話がひっきりなしにかかってきた。
「三島由紀夫は、自殺ですか、自決ですか? 生長の家は自殺はいけないと、谷口雅春先生は説いてらっしやいますよネ…。」
『ええ、神様から戴いた生命を自ら断ってしまうことは、罪になります。 三島師の割腹は、諌死(かんし)です。 ”日本なるもの” にめざめよ!という、おさとしの死です。』
以前、石原慎太郎氏と三島師の対談が週刊誌に載っていた。その中で、
三島 『いざ、というとき、一番守りたいものは何?』
石原 『それは、やっぱり自分の生命だと思うね … 。』
三島 『そう。 私は ”三種の神器” だね。』
石原 『また、そんなことを … 。』
という件がある。私は思わず 「段ちがい平行棒だわ」 とつぶやいてしまった。
また、三島師は 『英霊の声』 の中では、英霊が憑依した主人公に ”などて天皇は人となり給うや。などて天皇は人となり給うや” と嘆きの言葉をいわしめている。この書は、宇宙の霊的系譜を具象する真理国家日本の天皇陛下には 『永遠に現人神であって戴きたい』 という三島師の祈りが込められた作品である。
次期ノーベル文学賞受賞作家と目された彼の著書は、各国語に翻訳され、一番世界中の人たちに読まれていたという。 偉大なる才能を捨て、妻子との情愛も断ち、古式の作法にのっとり、切腹された三島由紀夫師。
生前、ごく親しい同志に、 「私の行為については、多くの人は、狂気の沙汰だと批難するかも知れないが唯一人の人だけは、私の心をよく知ってくれると思う。その人は、谷口雅春師だ」 と語り、楯の会の学生には 「谷口雅春先生に一目だけでも逢いたいなァー」 と詠嘆するように言ってらしたという。
いまお二人は、天界で父と息子のように親しく語りあっていらっしゃることでしょう。
われらは、一日も早くお二人の墓前に額づき、
一、母体保護法の 「経済的理由」 の五文字削除。
二、現憲法廃棄・自主憲法制定が為されました。
と、ご報告申し上げる日を迎えたいと、祈りつつ活動を展開中である。
住吉之大神宣り給ふ 汝はわが愛する御子
われ汝に使命を授く 往きて年間三百万人の
胎児を救ふべきぞ かくて日本人の業浄まらん
然るとき天之岩戸開かれ 天照大御神の神霊
出御せられて日本国の実相あらわれん
神命受嘱者 雅春
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