「新教連」切捨ての真相 |
─本文より─ 一言で言えば、それは井上雅夫新教連理事長排除と「愛国団体たる新教連潰し」が狙いなのである。 まさかと思われるかもしれない。しかし、かつて「生長の家数規改正」を実施した理由も、副総裁の言うことを聞かない教化部長排除が動機であったことを思い出してもらいたい。 (中略) 愛国の情厚き井上雅夫理事長の更迭に失敗した谷口雅宣氏と教団執行部は、井上雅夫理事長とともに神の子の教育、愛国心教育、神話教育、道徳教育などを通して谷口雅春先生の「生命の教育」を提唱実践する新教連という組織をまるごと切り捨て、人的・物的・組織的支援を打ち切ることで新教連の自滅を待つという暴挙に出たのである。 |
「新教連」切捨ての真相 「聖使命」新聞の意味するもの 「聖使命」新聞平成十五年十二月一日号に『宗教法人「生長の家」新教連との関係を解消』との見出しで、「生長の家」教団は今後の「新教連」との関係を次のように決定した、と伝えた。
『宗教法人「生長の家」は、財団法人新教育者連盟(新教連)を生長の家とは別団体として位置付け、今後の一切の関係を解消することになった。これは、新教連が「生長の家」との密接な連携のもとに指導を受けることを示した『財団法人新教育者連盟寄付行為施行細則』を改正したのを受けて採られた措置で、十一月五日の最高首脳者会で決まったもの。 先に、本誌平成十五年十二月号で「副総裁に問う!総裁も賛成されなかった『教規改正』の経緯」 でも触れたことだが、今回のこの「聖使命」新聞の報道も、その意味することを理解する人は稀であろう。「生長の家数規改正」同様、信徒を煙に巻いてうやむやのうちに事を進めようとしているかのようである。 これによって、平成十六年四月一日をもって生長の家教団は新教連との「一切の関係を解消」した。そして、今日までの約半年間に何が行われてきたか。 なぜ「今後の一切の関係を解消」しなければならないのか なぜ、ここまで徹底して「今後の一切の関係を 解消」しなければならないのか。 仮に新教連と生長の家との密着が問題と言うなら、「財団法人世界聖典普及協会」の方がはるかに大きな問題を含んでいる。なぜなら「世界聖典普及協会」の理事には生長の家副総裁・谷口雅宣氏が就任し独裁的権力を振るっており、監事には磯部和男副参議長が目を光らせている。さらに事業内容たるや日本教文社の発行の雑誌と書籍の流通卸売りの収益事業がそのほとんどであり、申訳程度に図書館への献本などの財団法人らしき活動を行なっているにすぎない。新教連が公益活動として教育活動を実際に行なってきたのに対し、普及協会はその大半が収益事業であり、宗教法人生長の家と財団法人世界聖典普及協会との癒着は、とても独立の財団法人とは思えぬものがある。問題にするなら、新教連より普及協会なのである。実際そのことは既に教団内や普及協会内でも指摘されていることであるが、これには何ら手を付けずに今日に至っている。 新教連は谷口雅春先生が設立された団体であり、信徒が積極的に活動に参加すべき教育団体であるはずなのに、なぜ、教団はここまで徹底して「一切の関係を解消」し、異常とも思える行動に走っているのか。 以下、井上雅夫新教連理事長排斥の画策の経緯を述べておきたい。 新教連排除の真の理由とその経緯 平成十二年七月頃、新教連・生教会では、運動方針作成のため、今後の生長の家教育運動についての話し合いが行なわれた。その際、学校建設、愛国心を涵養する教育、教育勅語や古事記を積極的に教えることなど教育正常化運動が議論され、同席していた吉田晴彦生長の家理事長をはじめ、本部理事兼務の役員も大賛成し、平成十三年度の「生長の家運動方針」の中の「新教連・生教会運方針」にできるだけ盛り込むことを決めた。 平成十三年二月末に開催された生長の家代表者会議で学校建設や教育正常化などの発言がなされたが、本部側執行部は曖昧で不誠実な受け答えに終始した。このやり取りに義憤を感じた井上雅夫新教連理事長は、「教団として何か夢のある方針を立案して、信徒に明るい目標を持ってもらうようにしてはどうか。そのために谷口雅春先生も総本山に建設されようとした学校建設を高らかに掲げてはどうか。」と発言し、会場からは井上雅夫理事長を支持する拍手が多数起こったが、遂に副総裁の意向を気にする吉田晴彦理事長からは明確な答えがないまま代表者会議は閉幕した。 翌平成十四年二月の生長の家全国代表者会議で、再び井上雅夫理事長が発言した。この時は学校建設問題などには触れず、「生長の家は日本で谷口雅春先生が始められた光明化運動である。日本には素晴しい日本の文化と伝統を表している元号があるので、運動方針書の年度表記には元号を使うべきである。海外版の運動方針書のみに西暦を使用すべきではないか」等の新教連・生教会の従来からの総意を代弁した主張を展開した。この時も、会場からは井上雅夫理事長を支持する拍手が多数起こった。 一方、新教連は財団法人であるため、新教連理事長は新教連理事会での選挙で決定される。吉田晴彦生長の家理事長と三浦晃太郎生長の家参議・理事は、新教連理事に多数派工作を行い、野沢幸平氏選出を試みたが、選挙の結果は井上雅夫氏が再選された。ここに、生長の家の二つの教育団体にそれぞれのトップが誕生したことになる。 しかし、生長の家教団は、新教連のこの規約変更の動きを新教連切り捨ての口実に利用したのである。先に述べたように、谷口雅宣氏の方針に敢然と意見を述べ、愛国の情厚き井上雅夫理事長の更迭に失敗した谷口雅宣氏と教団執行部は、井上雅夫理事長とともに神の子の教育、愛国心教育、神話教育、道徳教育などを通して谷口雅春先生の「生命の教育」を提唱実践する新教連という組織をまるごと切り捨て、人的・物的・組織的支援を打ち切ることで新教連の自滅を待つという暴挙に出たのである。そうでなければ、どうして「今後の一切の関係を解消する」との「聖使命」新聞の言葉など出て来よう。またそれに続く地方講師信徒の新教連所属を執拗に妨害するのか理解できぬであろう。 新教連が生み育ててきた「生命学園」「母親教室」を取り上げ、新教連の組織自体を教団の完全支配下に置き、一切の独自の教育活動を奪っておきながら、それでも尚、愛国心教育の方針を採り続ける新教連という組織と、そして自分の意に沿わない愛国者を弊履の如く冷酷に切り捨てる非情さによって今回の新教連切り捨てが行なわれたのである。天界の谷口雅春先生のお嘆きは如何ばかりであろうか。 谷口雅春先生が設立された新教連 そもそも、新教連は谷口雅春先生が提唱されて設立された教育団体である。しかも生長の家立教わずか五年後の昭和十年の時点で「生長の家教育連盟」の創立を提唱され、「生命の教育」誌が創刊されている。昭和十三年に名称を「生命の教育連盟」と改称し、終戦後の占領期間を経て、昭和二十七年谷口雅春先生が教育運動の再開を提唱された。そこで本部内で「生長の家新教育者連盟」の名称案をもって谷口雅春先生のご裁可を仰ぐと、谷口雅春先生は「この教育運動は、将来に対する宏大な期待のもとに、単に生長の家信徒のみの運動とすることなく、一般教育活動に生長させるべきである。だから『生長の家』の文字をとり、『新教育者連盟』と称するように」とのご教示があった。谷口雅春先生の「日本を守るためなら生長の家の一つや二つ潰しても構わない」との烈々たるご決意の実践であるかのようなご発言であった。 谷口雅春先生の教育にかける情熱は、『生命の實相』全四十巻の中に「教育篇」「教育貧践篇上・下」「女性教育篇」「児童教育篇」「家庭教育篇」の五篇を数え、異例の多さにも見ることができる。その他にも多くの教育関連書を著わされている。戦後の唯物教育、日教組教育、反日教育、アメリカ礼賛教育、など谷口雅春先生の教育へのご憂念はいかばかりに深かったことであろう。 尚、本稿作成のため、新教連ゆかりの方々から数々のご助言、各種情報を頂いたが、現役の教団関係者、新教連関係者との接触は、今後の活動に支障をきたす恐れを配慮し、一切行なっていないことを付言しておく。 |